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東京地方裁判所 昭和49年(ワ)2490号 判決

原告

株式会社 トーエークラウン

右代表者

百田明

右訴訟代理人

新津章臣

外一名

被告

名鉄ゴールデン航空株式会社

右代表者

片山桂一

被告

柏倉澄夫

右被告両名訴訟代理人

本田洋司

主文

一  被告柏倉澄夫は原告に対し、金三万円及びこれに対する昭和四七年一二月一日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告名鉄ゴールデン航空株式会社に対する請求及び被告柏倉澄夫に対するその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮りに執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一、原告

1  被告らは原告に対し、各自金一、八一四万七、四六〇円及びこれに対する昭和四七年一二月一日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言。

二、被告ら

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一、請求原因

(一)  原告は時計バンド、ファッションリング、宝石の卸売を業とする会社であり、大阪及び福岡に支店を有している。

(二)  被告会社(旧商号名鉄東京空輸株式会社)は航空貨物の運送業を営む会社であり、被告柏倉澄夫はその従業員である。

(三)  原告は、東京本社から大阪並びに福岡支店に宛て、毎日航空便で商品を出荷しているが、東京本社から羽田空港までのこれら商品の輸送を昭和三九年一二月ころより被告会社に委託し、トラック便で行つていた。

(四)  被告は昭和四七年一二月一日大阪及び福岡支店に商品を出荷すべく、これを各支店別に包装し、ダンボールに詰めて各一個口とし、午後六時ころ被告柏倉が自動車(トヨタミニエースバン)を運転して集荷に来たので、同被告に右二個のダンボール箱を引渡した。

(五)  ところが、被告柏倉は右貨物のうち、大阪支店宛の商品(別紙一覧表記載のとおり、合計金一、八一四万七、四六〇円相当)在中のダンボール箱一個を羽田空港に運送せず、窃取又は隠匿横領した。

仮りにそうでないとすれば、被告柏倉は他人の物の運送を業とするものであるから、これが紛失しないよう万全の策を講ずべき注意義務があるのに、これを怠つた過失により、右貨物を紛失させたものである。

従つて同被告は、右不法行為により原告が被つた損害を賠償すべき責任がある。また右不法行為は、被告会社の被用者である被告柏倉が被告会社の業務執行中になしたものであるから、被告会社も民法七一五条により損害賠償責任を免れない。

(六)  よつて、原告は被告ら各自に対し、不法行為による損害の賠償として、金一、八一四万七、四六〇円及びこれに対する不法行為の日である昭和四七年一二月一日から支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。〈以下省略〉

理由

一請求原因(一)の事実は、〈証拠〉によつてこれを認めることができ、同(二)ないし(四)の事実は当事者間に争いがない。

二被告会社が原告から運送の委託を受けた貨物二個のうち、原告会社大阪支店宛のダンボール箱一個が運送途中で紛失したこともまた当事者間に争いがない。

原告は、被告柏倉が右紛失にかかる貨物を窃取又は隠匿横領したと主張するが、これを認むべき直接の証拠は何もない。そして、後記認定事実から窺えるように、右貨物の紛失が同被告受領後短時間のうちの出来事であり、しかも人目につきやすい場所と思われること、紛失後警察への届出や原告会社への連絡が遅れていること、未だ右貨物が発見されないことを総合して、同被告に疑惑を抱くことはあながち肯けないわけではないが、だからと言つて、これから直ちに同被告の窃取又は隠匿横領と結論づける推測には、いささか飛躍があるか、あるいは独断に過ぎるというほかない。

次に原告は、右貨物の紛失が被告柏倉の過失にもとづくものであると主張するので、この点について判断する。

〈証拠〉を総合すると、次の事実を認めることができる。

1  原告は時計バンド・ファッションリング・宝石の卸売を業とするものであり、東京本社から大阪及び福岡の各支店宛に毎日航空便で商品を出荷しているが、東京本社から羽田空港までの輸送については、昭和三九年一二月ころより被告会社に委託してこれを行つていた。

2  被告柏倉は昭和四七年四月に高等学校を卒業した後、被告会社に入社したものであり、入社の直前に自動車の運転免許を取得したことから、被告会社においては航空便貨物の集荷、配達係にあてられ、同年五月ころより原告会社の所在地域を担当していた。

3  原告会社では昭和四七年一二月一日商品を各支店別に二個のダンボール箱に詰めて出荷の用意をし、午後六時ころ(正確には午後六時よりいくぶん早い時刻)被告会社の自動車(トヨタミニエースバン)を運転して集荷に来た被告柏倉に対し、これを引渡した。右貨物のうち、大阪支店宛のものは縦約七〇センチメートル、横約四〇センチメートル、高さ約五〇センチメートル、重量約一五ないし二〇キログラムであり、福岡支店宛のものはそれよりやや小さめであつた。

4  被告柏倉は、原告会社へ来る前にすでに七、八軒から集荷してきており、自動車の荷台(最大積載量四〇〇キログラムで、はね上げ式の後部扇から荷物を積込む形式になつている)がほぼ満載の状態であつたので、福岡支店宛の貨物を奥の上部に載せ、大阪支店宛の貨物を後部扉付近の箱の上に載せて扉を下ろした。ところで、後部扉には旋錠することができる装置になつているのであるが、敢えて旋錠しなくても、単に力を加えて閉じた場合には、ボタンを押して持ち上げない限り、容易に開くことのない構造となつているので、被告柏倉は平常必ずしも旋錠を励行していなかつた。しかも、これまでに走行中後部扉が開くという事故がなかつたので、同被告は本件貨物を積込んで扉を下ろしただけで、それ以上に確実に閉まつたことを確認することまではしなかつた。

5  被告柏倉は右のとおり、原告会社から委託された貨物を自動車に積込み、次の集荷先に向けて発進したが、しばらく走行した後(徒歩で一〇分くらいの距離)、ふとバックミラーを見たところ、後部扉が開いているのが目に入つた。そこで自動車を止めて調べたところ、後部扉が二〇センチメートルくらい開放されており、原告会社大阪支店宛の貨物一個が紛失していることが判明した。そのため、同被告は来た道を辿りながら右貨物を捜しつつ、徒歩で原告会社まで引返したが、見つからないので、再び自動車を止めてあるところまで戻り、今度は自動車で捜したが、やはり発見できなかつた。そこで同被告は、被告会社神田営業所に電話でその旨を連絡した。

6  右連絡を受けた被告会社では、神田営業所副所長である戸松が現場に急行し、被告柏倉とともに三〇分余り本件貨物を捜したが見つからないので、両名とも午後六時四〇分ころ被告会社に帰つた。

7  被告柏倉は、午後七時に貨物自動車が被告会社から羽田空港に向けて出発することになつていたので、自己の集荷してきた貨物をこれに積込むための作業にあたつた。その間に被告会社神田営業所長である今井と被告会社従業員山本が本件貨物の紛失現場に赴いて再び捜索にあたり、その後さらに、今井と被告柏倉が捜索を続けたが、遂にこれを発見することができなかつた。そこで今井と被告柏倉は、午後八時五〇分ころ上野警察署御徒町派出所に遺失物の届出をし、原告会社へは翌日連絡したが、今日に至るも本件貨物は発見されていない。

8  ところで、原告が被告会社に対して貨物の運送を委託する際には、被告会社から運送状の用紙(乙第二号証)が渡され、原告側でこれに必要事項を記入することになつているが、本件貨物の運送状(乙第一号証)の品名欄には「Ring」とのみ記載され、高価品である旨の申告もなく、保険を付する旨の申出もなかつた。そして、「Ring」というのは、原告会社では装飾用指輪(ファッションリング)のことを指し、その中にダイヤ等の宝石を使用した場合には高価になるが、そればかりでなく、一個一、〇〇〇円前後のものも一般に市販されている状況なので、被告柏倉にしても品名のみからその価額を推定するのは困難である。また、このような装飾品は化粧箱等に入つていることも少くないので、本件貨物の大きさや重量からその価額を推定するのも困難である。

9  他方、被告会社では、宝石、手形等の高価品として明告された貨物の運送の委託を受けたときは、本件のように一括集荷をせず、二人一組で個別に集荷させるなどして特別な注意を払つているが、本件貨物については原告から特段の申出がなかつたため、被告柏倉に一般貨物として一括集荷させたものであり、また被告柏倉も右のような事情から、本件貨物に対して高価品として特段の注意を払つたことはなかつた。

以上のように認められ、他に右認定を覆すに足りる的確な証拠はない。

右認定の事実にもとづいて考えてみるのに、被告柏倉は貨物の運送を業とする被告会社において、その集荷及び配達を担当していたものであるから、集荷した貨物を自動車に積込んだときには、積込口の扉に旋錠するか、あるいは少くとも確実にこれを閉め、走行中不用意に開くことのないよう確認したうえ、自動車を発進すべき注意義務があるといわなければならない。原告は本件貨物の委託に際し、その種類及び価額について何ら申告していないことが明らかであるが、そうだとしても、被告柏倉が右注意義務を免れるものではない。にもかかわらず、同被告は、不注意にもこれを怠り、本件自動車の後部扉を確実に閉めず、かつ、これを確認しなかつたため、走行中の衝激で右扉が開き、偶々右扉付近に積込んでいた本件貨物がそこから転落し、紛失するに至つたものと推認することができる。従つて、本件貨物の紛失は、被告柏倉の過失によつて惹起されたものということができる。

三これに対して被告柏倉は、本件貨物が高価品であるとするならば、原告においてその運送の委託に際し、種類及び価額を明告していないから、商法五七八条により、同被告には右貨物の紛失による損害賠償責任がないと主張する。しかし、仮りに本件貨物が高価品であるならば、同法条は後記のとおり、運送人の営業を保護した規定であるにとどまり、運送人たる被告会社の使用人に過ぎない同被告に対してまでその保護の範囲が及ぶものではないというべきである。従つて、この主張は理由がない。

また同被告は、仮りに損害賠償責任があるとしても、国内航空混載貨物運送取扱約款第二三条により、その賠償額は最高限度金三万円であると主張するが、原告と何ら直接の契約関係にない同被告にまで右約款の効力が及ぶいわれはない。従つて、この主張も理由がない。

よつて同被告は、本件貨物の紛失による損害賠償責任を免れない。

四次に、被告会社の責任について判断する。

原告は、本件貨物の紛失が被告柏倉の不法行為にもとづくものであるから、同被告の使用者である被告会社はこれによつて原告が被つた損害を賠償すべき責任があると主張するのに対し、被告会社は、右貨物が高価品であるのに、原告においてその運送の委託に際し、種類及び価額を明告していないから、商法五七八条により被告会社には右貨物の紛失による損害賠償責任がないと主張する。

よつて按ずるに、被告柏倉が被告会社の従業員としてその業務に従事中その過失により右貨物が紛失したことは前示のとおりであるから、被告会社には民法七一五条による損害賠償責任があるかに見えるところである。ところで、運送人の責任に関し、運送契約上の債務不履行に基づく損害賠償請求権と不法行為に基づく損害賠償請求権との競合はこれを肯定しなければならないが、商法五七八条が高価品について、種類及び価額の明告を要するとし、これがない場合運送人の免責を認めた趣旨は、高価品は滅失毀損の惧れが大きく、それにつき生ずることあるべき損害額が多額にのぼることから、運送人をして予めその取扱につき、その種類及び価額に応じた特別の配慮をなさしめるとともに、損害が生じた場合の最高限度額を右の告知額に限定して、その限度額を予め運送人に予知せしめ、もつて運送人の営業を保護せんとしたものであると解されることはいうまでもない。そうだとすれば、運送品の滅失を理由に、不法行為による損害賠償の請求を受けた運送人としては、同法条適用の要件となる事実、すなわち、自己が商法上の運送人であること、荷送人が貨物の運送を委託したこと、右貨物が高価品であつたこと、荷送人が右委託に際し貨物の種類及び価額を明告しなかつたことの加重された要件を主張、立証することにより、同法条所定の運送人に特に認められた保護を受けることができるものと解するのが相当である。これを本件についてみるのに、〈証拠〉によつて、本件貨物には別紙一覧表記載の商品が在中していたことを一応認めることができるので、主たる商品が高価品であるというべきであるから、右貨物はそれに該当し、その他の右各要件事実の存在については当事者間に争いがないから、被告会社は同法条により、本件貨物の紛失による損害賠償責任を免れ得るものというべきである。

もつともこれに対し、さらに原告において、右貨物の滅失が、運送契約の履行過程において、通常予想することができず、かつ、契約本来の目的範囲を著しく逸脱する態様において生じたことを主張、立証した場合には、被告は商法五七八条による保護の前提を失い、不法行為責任を免れなくなると解されるが、本件においては、その旨の主張、立証がないばかりか、かえつて前記二認定の事実によれば、本件貨物の紛失は運送契約の履行過程において、通常予想することのできるものであつて、契約本来の目的範囲を著しく逸脱する態様でないというべきである。

五最後に、被告柏倉が賠償すべき損害額について判断する。

本件貨物の外見からそれが通常有している価額を認定することが困難であることは前認定のとおりであるが、〈証拠〉によれば、右貨物が少くとも金三万円の価額を有するものであることが認められる。しかし、右貨物がこれを越える価額を有するものであつたことについて、被告柏倉が予見し、あるいは予見することができた旨の主張、立証は何もない。してみれば、同被告は、金三万円に限り損害の賠償をすべきものといわざるを得ない。

なお同被告は、原告が本件貨物の価額を明告しなかつたことを理由に、過失相殺の主張をしているが、右損害額の認定は価額の明告がなかつたことを前提としているのであるから、この点を過失相殺の事由として考慮すべき余地はない。

六以上のとおり、原告の被告会社に対する本訴請求は、すべて理由がないからこれを棄却し、被告柏倉に対する本訴請求は、損害の賠償として金三万円及びこれに対する不法行為の日である昭和四七年一二月一日から支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余の部分については理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条但書を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。 (富田郁郎)

〈別紙一覧表省略〉

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